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2007年9月16日 (日)

㈱山樹氷 『ハッカ物語』

先月、両親が北見土産として買ってきた㈱山樹氷】(北海道北見市泉町3丁目10-30)の『北海道銘菓(北見銘菓) ハッカ物語』を紹介。
商品タイトル横に〝ハッカ入大粒甘納豆〟と併記されているように、白花豆の甘納豆にビート糖(てんさい糖)と小麦粉などをコーティングしてハッカの香りを加えた豆菓子。
昔から『ハッカ樹氷』や『ハッカ豆』、『ハッカ飴』、『ハッカ油』などと共に、北海道土産・北見土産として有名である。
子供の頃以来かな。これを手に入れのは。
いやぁ~、懐かしい~~♪♪♪
パッケージ裏には、北見ハッカの由来が記されている。
北見市の名物と言えば、全国一の生産量を誇るタマネギと、あともう一つ、『ハッカ(薄荷)』である。
いわゆる『ミント』のこと。シソ科ハッカ属の多年草で、ハーブの一種。
そのうち、日本で古来から自生・栽培されているのはニホンハッカ(ジャパニーズ・ペパーミント、和種薄荷)と呼ばれる品種で、単に『ハッカ(薄荷)』と称されることも。
ハーブティーに入れる外国産(原産地・ヨーロッパ)の『ミント(ハッカ)』の葉は、別名・セイヨウハッカと呼ばれる『ペパーミント』を指す。
『ハッカ(ミント)』から抽出したハッカ油に多く含まれる『メントール』と呼ばれる成分は、お菓子やチューインガム・飴など食品の香料や、歯磨き粉(口中清涼剤)や虫除けスプレーなどの生活用品の他に、シップ・咳止め・塗り薬などの患部の炎症を軽減する医薬品として利用される。
摘み取った『ハッカ(ミント)』の葉から水蒸気蒸留によってハッカ油(取卸油(とりおろしゆ))を抽出し、さらにこれを冷却して成分のひとつである『メントール』を再結晶させて利用される。
近年は天然モノの『ハッカ』から作られた物より、化学的に合成された『メントール(合成ハッカ)』が多く出回っている。
それが、国産の『ハッカ』、とりわけ、一大産地である北見地区を含めた網走管内で採れたハッカが急速に衰退する起因の一つとなった。
北見の『ハッカ』は、明治時代初期(1884年)に、それまで『ハッカ』の一大産地だった山形県から北海道へ入植した開拓者により伝えられたことから始まる
とりわけ網走地方の北見地区は(野生の)ハッカが自生していたこともあり、北海道の中でも最も『ハッカ』の栽培に適していた気候だったことに加え、
「とてもお金になる」換金作物として、栽培する農家が網走管内で爆発的に増えていったのが「北見=ハッカの町」として有名になった所以。
(パッケージに書かれているように)昭和11年(1981年)には「北見ハッカ」の生産量が全国生産の56%、昭和13年(1938年)には世界の70%を占めるようになり、文字通り、北見は世界一のハッカの産地となった。
当時世界経済の中心だったロンドン市場やニューヨーク市場に「北見ハッカ」の名を轟かせたのである。
更には、投機的な目的でハッカを大量に買い付ける輩も出現した北見の“ハッカ景気”は、まるで“チューリップ景気”、“平成のバブル景気”だ。
特に、お札を燃やして明りの代わりとしたという“ハッカ成金”の件は、“船成金”と同じ典型的な成金富豪の例。
しかし間もなく、日中戦争(太平洋戦争)の激化による国家統制の強化によって、大規模な『ハッカ』の減反と、食料となる他の農作物への転換を余儀なくされ、ハッカ油の生産が途絶えてから、あっという間に“ハッカ景気”は崩壊。
それでも戦後、「北見ハッカ」は見事な復活を遂げる。
終戦後、北見市を中心に23市町村の農家が薄荷耕作組合を結成。昭和25年(1950年)の朝鮮戦争によるアメリカ向けの需要が増大し、『ハッカ』の作付面積は拡大。
だが長くは続かなかった。インド、ブラジル、中国などの外国産の安いハッカ(ペパーミント)が輸入されてから、「北見ハッカ」は衰退の一途をたどる。
1960年頃にはコストが安く上がる人工の「合成ハッカ」の登場、1971年のハッカ輸入自由化により、北見地区のハッカ栽培はほぼ消滅
そして昭和58年(1983年)、細々とハッカ油の生産を続けていた「ホクレン北見薄荷工場」も、ハッカ輸入関税引き下げにより大打撃を受け、やむなく閉鎖。
約半世紀にわたる「北見ハッカ」の歴史に幕を下ろした。
「ホクレン北見薄荷工場」の事務所は、現在は北見のハッカの歴史を後世に伝えるという観点から【ハッカ記念館】として復元・保存され、ハッカ関係資料の展示及び公園として公開されている。
また、平成14年には、【ハッカ記念館】の公園敷地内に、蒸溜実演の場として【薄荷蒸留館】がオープン。
田中式と呼ばれる大きな樽(蒸留釜)で乾燥ハッカの葉を蒸し、その水蒸気を集めて油と水にわけて取卸油という精油を取る課程を、当時の釜や道具などから見ることができるそうだ。
ちなみに、北見市内の仁頃地区(北見市仁頃町301番地)には【仁頃はっか公園】もある。
公園中央部には、昭和初期にハッカの取引によって財を成したハッカ商人・五十嵐弥一の豪邸を同公園内に移築した【ハッカ御殿】があり、その物置には当時を偲ばせる農機具や生活用品、「田中式蒸溜機」が展示されている。
また、公園敷地内には54種のハッカが栽培され、同公園産のハッカを原料とした製品作りにも着手している。
7月下旬から8月下旬の間は『エゾミソハギ』の群生が満開。
今や道東観光の目玉の一つとして【ハッカ記念館】及び【仁頃はっか公園】は欠かせないものとなっている。
それから、現在では数件の農家のみが栽培しているという北見産の『和種薄荷(ジャパニーズミント)』は生産量が少ないので希少価値が高く、秋から翌春までの半年間の期間限定で北見市内の売店かネットで一部販売されている。
今回改めて北見ハッカの歴史を調べてみたら、非常に興味深い。
【ハッカ記念館】【仁頃はっか公園】にも行ってみたくなった。
思わず、貴重な『和種薄荷』が欲しくなったよ・・・。
ちなみに、この白花豆北見市を含めた網走地方で採れたものである。
日本では北海道が主要産地。スズラン印で有名な日本甜菜製糖の工場がある十勝産のものが有名。
開封すると、豆の匂いやハッカ、いや、一瞬、歯磨き粉のような匂いがした(笑)
結構デカくて、直径約3センチのラグビーボール型をしている。これが白花豆たる所以。
おまんじゅうやモナカの「白あん」はこの豆から作られる。
外側が白っぽいのはビート糖(てんさい糖)。
見た目は、めんこいお菓子だネ☆
この北の大地から生まれたお菓子、早速食べてみましょう...とても懐かしい甘納豆とハッカの味。
ミント特有のスーッと爽やかに口の中に広がる“辛さ”は全く感じない。
サクマドロップスに入っている昔ながらの白いハッカ飴のような味と言っていいだろう。
しかも、甘納豆のお菓子なので結構甘~~い!(笑
ただし、軟らかくて食べやすい。ハッカと白花豆の風味が堪能できる豆菓子である。
しかし、この手のハッカ系のお菓子は、好き嫌いがはっきりと分かれる。
初めて口にして、全く受け付けない人も多いとか。
サクマドロップスのハッカ飴もそうでしょ。最後までドロップ缶の底に残っちゃうパターンの人には不向き。
チョコミントにしても同じ。
逆に、好きな人にはたまらないというわけ。
私は全然平気。「マニア受け」するものは大抵好きだからね(笑)
北海道名物・北海道限定モノにはこの手のものが結構あるが、前にも書いたけど、これはこれで良い。
人も同じで、アクが強く、個性的なものほど面白く、奥が深いのである。
もちろん一方で、お寿司・海産物・農産物・乳製品やプリンやチョコレート、ケーキ類などのスイーツ系に代表される、皆が大好きな「万人受け」するものが北海道名物には数多く存在するので、実にバラエティに溢れていると思いますよ!!
これだから北海道名物・限定モノを極めたくなるんだよね。
好奇心旺盛でBグルメ好きなので、ホント興味が尽きません!!!
私はこのお菓子が好きなので、久しぶりに“北見の味”を美味しく頂きましたよ~♪♪♪
今後もし北見に行ったら、次は姉妹品のハッカ樹氷を買ってみよう~っと☆

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