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2007年2月16日 (金)

『第58回さっぽろ雪まつり ~大通会場・大通7丁目編~』 ⑫

大通7丁目『HBCタイ王国広場』会場の大雪像【チャックリー・マハー・プラーサート宮殿】を正面から見た様子。

この【チャックリー・マハー・プラーサート宮殿】は1782年に建設され、国王の宮殿や即位式の建物、王室守護寺院のエメラルド寺院などのほか、宮内庁や官庁などの建物が、四方を長さ1,900mの壁に囲まれた面積218,000平方メートルの敷地内に建てられている。
この宮殿はラーマ5世、チュラーロンコーン大王によりバンコク王朝百年祭(1882年)に完成し、現在ではレセプション・ホールとしてのみ使用。
宮殿は、中央の玉座のある公式謁見の間とその両翼棟の3つの部分で構成され、中央の玉座のある謁見の間は、国王が各国大使の信任状を授与する際に接見されたり、国賓の訪問にあたり公式の宴会を催したりする場所となっている。両側の壁は過去における各国との外交を物語る絵画が飾られている。
「『チャックリーマハープラーサート宮殿(通称チャクリー宮殿)』を一番手前の北側に置いて南に展開する宮殿群が『チャックリーマハープラーサート宮殿群』という。
これらの宮殿は即位後、建造を計画したラーマ5世(チュラーロンコーン)の幼少期を過ごしていた場所であり、即位の後、モンティエンに移るよりもこちらを増築することを選んだ。
建築は即位直後の1868年からはじまりチャクリー宮殿以外は1873年に完成した。ラーマ5世は、153人の妻や子供のため王宮が手狭になったため、ウィマーンメーク宮殿を建設し1900年そこに移り住んだ。なおほとんどの宮殿は非公開。」
*【チャクリー(チャックリー・マハー・プラーサート)宮殿】・・・1876年5月7日着工、1882年完成。設計・現場監督はシンガポールの建築家であったジョン・クラニッチで助手はヘンリー・クラニッチ・ロス。
当初は完全な洋風建築を目指したが、途中で屋根の部分をタイ風建築にした。
通常王宮と言えばこの建造物を思い起こす人が多い。現在この建造物は王族の納骨堂となっており、軒下は武器博物館として、一般公開されている。
ムーンサターンボーロマアート宮殿・・・国王のダイニングルームとして利用された。
ソンムットテワラートウッバット宮殿・・・ラーマ5世の生家であり、奴隷解放宣言をした所である。
ダムロンサワットアナンウォン宮殿・・・喫茶ルームとして使われた。
ニパットポンタウォーンウィチット宮殿・・・衣装収納用の宮殿である。
(以上「フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』-王宮(バンコク)-」より一部抜粋)

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