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2005年11月10日 (木)

ユカいな平田サン その37

◎今回は、いつもの平田裕香嬢のブログチェックと、【BOMB.TV】に関するネタです。

★平田裕香『ひらたゆかの日記(ブログ)・・・11月8日(火)更新分。

今週月曜日(7日)に、移動中の車内でスタッフと話していた時に裕香嬢は衝撃的な事実を知る事に。

その事実とは、、、その経緯を順に説明。

①「今までずっと、沢田研二さん率いる【ザ・タイガース】にいたのは 岸部一徳 さんだと思っていたが、それが思い違いで岸部シロー(岸部四郎)さんだとスタッフに知らされる」
②「更に岸部両氏は兄弟だと知った裕香嬢はとてもビックリし、これで少し物知りになったと満足」
③「ブログにUPする前に、念のためにマネージャーさんに調べてもらったところ、岸部兄弟は2人とも【ザ・タイガース】に在籍していたことが判明。」
④「『私、間違ってはいなかった☆』と納得」

…とにかく、紆余曲折が合ったものの、分からなかった事が判明して、めでたしめでたし、、、という所だろう。

しかし!そこで一つ疑問が浮上。
何故、裕香嬢の口から【ザ・タイガース】の話題が出たのか?

裕香嬢はリアルタイムではないし、第一【ザ・タイガース】に関する話題ってどんな事がきっかけで浮上したのか…??

裕香嬢は読書家だから、色々な本を通じて、リアルタイムでない昔の話題(知識)も取得しているのだろう。だから、【ザ・タイガース】の存在もそれなりに知っていた。
しかしそれだけでは、今回【ザ・タイガース】の話題が何故スタッフとの会話で浮上したのかという直接的な原因にはならない…謎は謎を呼ぶばかり。。。

・・・・ちなみに、沢田研二さん率いる【ザ・タイガース】とは、、、
“第一次バンドブーム”とも目(もく)される昭和40年代(1960年代後半)に爆発的に流行した『グループサウンズ』時代を代表するバンド。

◇【ザ・タイガース】……原型は沢田研二を除く4人で1965年に京都で結成された「サリーとプレイボーイズ」。 その後当時「サンダース」で活動していた沢田研二が加入、バンド名も「ファニーズ」に改称する。
大阪のジャズ喫茶での活動がブルー・ジーンズの内田裕也の目にとまり、スカウトされる。その後すぎやまこういちにより「ザ・タイガース」と命名されて1967年2月に「僕のマリー」でデビュー、「モナリザの微笑」「君だけに愛を」などのヒット曲を生み、グループサウンズ最盛期を支えた。
その後、1971年の日本武道館コンサートを最後に解散。その後1981年11月に同窓会で久しぶりに集結したのを期に再結成(~1983年)し、アルバム『THE TIGERS 1982』をリリース。その後「色つきの女でいてくれよ」がヒットし、全国ライブも行った。

沢田研二(ジュリー) ボーカル
岸部修三(サリー、後に
岸部一徳に改名)ベース
加橋かつみ(トッポ) ギター
森本太郎(タロー) ギター

瞳みのる(ピー)ドラム
後に加橋かつみが脱退し、岸部修三の弟である
岸部シロー(シロー)が加入する。 1981~1983年の再結成時のメンバーは沢田、岸部兄弟、加橋、森本の5人。

1971年の解散後、沢田研二さんはソロ歌手として『許されない愛』『勝手にしやがれ』『時の過ぎ行くままに』などヒット曲を連発して大活躍、日本の音楽シーンにおいて一時代を築いた。1981年の再結成に参加。俳優としても映画やドラマに実績がある。
岸部一徳さんは、映画・ドラマ・CMなどで幅広い役をこなす名脇役の俳優として活躍中。
弟の岸部シロー(岸部四郎)さんは、78年のテレビドラマ『西遊記』の「沙悟浄」役や、ワイドショーの司会で活躍。最近では「借金問題(自己破産)」で“失踪”したが、復帰した後は、自己破産をネタにしてバラエティ番組をメインに、ドラマ(05年フジテレビ『電車男』の父親役)などでも活躍中。

瞳みのる(人見豊)さんは1971年解散後、慶応大学、慶応大学院へと進み、北京大学にも留学。1981年の再結成にも参加せず。
現在、慶応高校の漢文・中国語教師。古文や中国語の専門家。著書も多数ある。文学博士。

ちなみに、【ザ・タイガース】と命名したすぎやまこういち氏は、
『帰ってきたウルトラマン』、
『亜麻色の髪の乙女』(1968年ヴィレッジシンガーズ⇒2002年島谷ひとみがカバーしてリバイバルヒット)、
『恋のフーガ』(1967年ザ・ピーナッツ⇒2003年小柳ゆき⇒2005年W(ダブル・ユー)とカバーする)
などヒット曲を作曲。

【ザ・タイガース】には、『花の首飾り』『モナリザの微笑』などのヒット曲を提供。

他にも日本中央競馬会(JRA)の東京競馬場・中山競馬場発走ファンファーレ、パドック・マーチ 他 全マーチと開門、閉門のBGMを作曲。

しかし我々世代にとってすぎやま氏と言ったら、何と言っても『ドラクエ』のBGMなどゲーム音楽の作曲。

最近は『ドラゴンクエスト』全シリーズ(Ⅰ~VIII)、『風来のシレン』などを代表として、

『ウイングマン』シリーズ(II、III)、『ジーザス』シリーズ(I、II)
『ガンダーラ』、『ワールドゴルフ』(I~III)、『アンジェラス』、『スターコマンド』
『46億年物語』、『幽霊列車』、『テトリスII』、『モノポリー』、『半熟英雄』、『バックギャモン』
『トルネコの大冒険』、『ダービースタリオン』 
『ドラゴンクエスト・モンスターズ』、『剣神ドラゴンクエスト』、『スライムもりもり』

最近は『ドラクエ』シリーズの作曲や、クラシックオーケストラによる『ドラクエ』音楽のコンサート活動に従事している。

……以上、「フリー百科事典『ウィキペディア』」、すぎやまこういち公式サイト『すぎやまこういちの世界』より抜粋・参照

何だか、最後は話が大きく脱線してしまった感じがしますが、今回も裕香嬢のほのぼのとした文章を拝読できて良かったです☆

ちなみに、、、私は岸部両氏が兄弟だった事も、共に【ザ・タイガース】に所属した事も昔から知っていました。
確か、岸部四郎さんが当時出演した10年ぐらい前?のトーク番組でそれらの事実を知ったのだと思います。

ま、これらのような大して役に立たない芸能の知識だけはそこそこ知っているもので…(苦笑)

☆今日(11月10日)まで、グラビアサイト『BOMB.TV』にて公開されている裕香嬢のインタビュー動画(第3回目)では、裕香嬢のドジ話(“史上最大”の恥ずかしい話)について

生き恥をさらして生きているようなもの。私の人生そのものが恥ずかしくて目を背けたくなるような事が多々ある。その中であえて口に出して言えるぐらい、可愛らしい失敗があっても宜しいぐらいの頃(年代)の最大の失敗の話
小学校2年のプールの授業の時、自分の異変に気付くと大きな声で『センセー!!パンツーー!!!』」と叫ぶと、プール中に『パンツー!!パンツー!パンツ…』と響き渡った。呼ばれた先生は、そんな問いかけに対し『いや、先生はパンツじゃないよ』と(冷静に)言われた。その時に水着の下に下着(パンツ)を(知らずに)着ていて、身体が重く感じたので『あれぇ~!?』と疑問に思い、詳しくその事情を先生に話すと『更衣室に行って来い!!』と言われ、その後、(言われたとおりにちゃんとした水着の姿に着替えてきて)プールに戻ってきたが、プール授業が終わった後に普通の服に着替える下着がなかったので、その時は保健室へ行き、違う下着を借りてきた、、、と言うくらいでしょうか、恥ずかしい話は。
いい加減もう20歳を過ぎたし、最近はそのような危ない事(失敗寸前)があったが、そういうこと(恥ずかしい事・失敗)もなく、することは(避けるのは)無理なので、そういうこと(恥ずかしい事・失敗)を如何にバレないようにするか、それを学んで行きたいと思う。

…てな、感じです(笑) 
まぁ、これくらいの恥ずかしい話はカワイイもんですよ。ドンマイですよ☆
それに、今後も恥ずかしい事・失敗事を何度も経験したとしても、その度に【BOMB】のインタビュー記事やブログのネタになりますし。。。(えっ!?(笑))

※今回もいつも通りトラックバックします。次回は【sabra net strictly】に関するネタでも。。。

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コメント

ちなみに、沢田研二氏は「ロック 黄 ウィンド」と言う「六甲颪」をもじった曲を出している筋金入りの阪神ファンです。

「生き恥を晒す。」ですか?私もそうですね。
裕香さんは知っているかどうか判りませんが、「生き恥を晒す。」この言葉は1978年の「さらば 宇宙戦艦ヤマト」で「ゆうなぎ」の土方司令が救出を拒んで言った言葉です。

「あいのうた」も佳境に入ってきましたね。
案外、ラストあたり柳沼さんの入院する病院の看護婦さんで裕香さんが出てくるかも。
それにしても、いつもながら寛子さんの演技には感心します。

投稿: たぬっち | 2005年11月11日 (金) 23時06分

たぬっちさん、いつもコメントどうも有り難う御座います!!!

仰るとおり、沢田研二さんが阪神ファンなのは有名ですよね。
ちなみに、今年の阪神投手陣の要である『JFK』が今年の流行語大賞にノミネートされています。

「さらば宇宙戦艦ヤマト」ですか、、、懐かしいですねぇ、、劇場版では「さらば…」か「ヤマトよ永遠に」がヤマトシリーズでは名作と呼ばれています。
ちなみに、「生き恥を晒して」私も生きてます(笑)

「あいのうた」は、玉置浩二さんの病状が悪化する場面が今後多くなりそうです。そうすると、同僚である寛子ちゃんの場面も自然と多くなりそうですね。寛子ちゃんは表現力が豊かなんでしょう。
裕香ちゃんも過去に「フードファイト」や「六番目の小夜子」で好演で有名になりました。

2月の舞台は是非頑張ってもらいたいです★☆


投稿: とうきび | 2005年11月12日 (土) 18時43分

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